昭和7年2月春秋園事件後の改正番付で、立浪部屋から旭川、双葉山、大ノ濱が幕内格に、大八洲、七尾潟が十両に昇進した。
新弟子時代の双葉山。
左は高木友之助訓。
昭和初期の立浪部屋の関取たち。(前列左)
吉野山(後列左)旭川(右)大ノ濱。
昭和2年立浪部屋入門当時の双葉山(左)と大八洲。大八洲に抱かれているのは立浪親方長男の現中央大学総長・高木友乃助氏。
新弟子検査を受ける双葉山の穐吉定次青年。



昭和11年夏場所9日目、新関脇双葉山が横綱玉錦を寄り倒して勝つ。
ライバルとなった玉錦に水を付ける双葉山。
双葉山は玉錦に6連敗の後4連勝した。
昭和11年夏場所、関脇双葉山11戦全勝で初優勝。
昭和11年夏場所後大関に昇進。銘刀に見入る双葉山。

昭和12年夏場所後3場所連続優勝した双葉山は横綱に昇進。同年12月明治神宮に勢揃いした4横綱と太刀持ち露払い。左から武蔵山(太刀持ち出羽湊、露払い笠置山)、玉錦(太刀持ち玉の海、露払い楯甲)、双葉山(太刀持ち名寄岩、露払い旭川)、男女ノ川(太刀持ち高登、露払い太刀若)。




横綱双葉山、太刀持ち名寄岩、露払い羽黒山。
華麗な立浪三羽カラス。工藤写真館にて撮影。
昭和14年夏場所15戦全勝で6回目の優勝を飾る。
賜杯を手に、支度部屋で。
横綱双葉山の端麗な化粧廻し立ち姿。
昭和14年春場所4日目、双葉山、安藝ノ海の外掛けに破れ、70連勝成らず。世紀の大番狂わせ。

立浪部屋で稽古に打ち込む横綱双葉山、挑戦するのは名寄岩。



大正  
4年5月 元小結緑嶋引退、立浪襲名。
5年1月 立浪親方内弟子4人を伴って独立。
6年 引退興行の純益で小泉町の藤堂長家を買い部屋を構え、庭に土俵を築く。
9年1月 関取第一号桐の花十両昇進
(弟子八人)
11年1月 立浪親方が木戸部長に就任。
12年1月 関取第二号陸奥ノ花十両昇進し、錦島部屋へ移籍。
12年5月 立浪親方勝負検査役に選出される。
13年1月 池田川と吉野山が十両入り。
十両桐ノ花本場所名古屋開催に反対して休場し、
場所後廃業。
十両兼六山が浦風部屋から移籍。
14年1月 吉野山が入幕、幕内第一号。
14年5月 池田川入幕。
15年5月 兼六山入幕。
昭和
2年3月 双葉山初土俵。
2年5月 剣岳入幕。
3年1月 立浪親方が理事兼勝負検査役に。
3年10月 幕内雷ノ峰が白玉部屋から移籍。
4年 元桐ノ花の富永氏が安田善三郎に資金提供を依頼し、稽古場を増設。
7年1月 春秋園事件、雷ノ峰、剣岳脱退。
7年2月 改正番付で旭川、双葉山、大ノ濱が入幕。
立浪親方が取締に就任。
9年1月 羽黒山初土俵。
立浪親方が理事となる。
10年1月 大八州入幕。
11年5月 関脇双葉山十一戦全勝で初優勝、場所後大関昇進。
12年1月 名寄岩入幕。
大関双葉山十一戦全勝優勝。
12年5月 羽黒山入幕。
大関双葉山十一戦全勝優勝、場所後横綱に昇進。
13年1月 小島川入幕。
横綱双葉山十三戦全勝優勝。
立浪親方が取締に復活。
13年5月 横綱双葉山十三戦全勝、五場所連続全勝優勝。
14年1月 横綱双葉山六十九連勝達成、四日目安藝ノ海に敗れ七十連勝ならず。
大八州引退白玉襲名。
14年5月 横綱双葉山十五戦全勝優勝。場所後双羽黒が大関に昇進。
15年1月 横綱双葉山十四勝一敗で優勝。
15年2月 大関双羽黒が師匠立浪の次女絹代と結婚。
15年5月 若浪入幕。
16年1月 横綱双葉山十四勝一敗で優勝。
16年5月 双見山入幕。
大関羽黒山十四勝一敗で初優勝、場所後横綱に昇進。
16年12月 横綱双葉山分離独立、粂川部屋を主体として双葉山道場を設立。
17年5月 場所後名寄岩大関に昇進。
旭川引退。玉垣襲名。
18年5月 緑國入幕。
19年5月 大関名寄岩関脇に陥落。
立田野入幕。
横綱羽黒山十戦全勝で二度目の優勝。
20年2月 省線両国駅際の立浪部屋は強制建物疎 開のため土蔵だけを残して取り壊しとなり、力士は両国二丁目の横綱羽黒山の持ち家に移り、強制疎開跡地に土俵を造り稽古した。
羽黒山は小岩の元緑嶋の立浪親方宅から通う。
(なお戦後元 緑嶋の立浪親方の手により木造で応急の部屋が建てられた)
20年6月 緑島、愛知山入幕。
20年7月 横綱羽黒山以下立浪一門の力士は山形県の羽黒町手向に疎開し、松根油掘りの作業に従事した。
20年11月 横綱羽黒山十戦全勝で優勝。
21年4月 横綱羽黒山婦人絹代心不全で死去。
21年5月 横綱羽黒山長男三歳で死去。
21年11月 大岩山入幕。名寄岩大関復帰。
横綱双葉山十三戦全勝で優勝。
22年6月 春日山部屋を吸収合併。
横綱羽黒山九勝一敗で優勝。
22年11月 横綱双葉山十勝一敗で優勝し四連覇達成。
23年1月 横綱羽黒山粂川初枝と再婚。
23年4月 横綱羽黒山奈良県の巡業先でアキレス腱切断。
23年5月 大関名寄岩再び陥落。
24年1月 清恵波入幕。
24年5月 時津山入幕。
25年1月 安念山初土俵。
25年5月 名寄岩「涙」の敢闘賞受賞。
25年9月 北ノ洋入幕。
時津山敢闘賞受賞。
26年1月 大昇入幕。
26年9月 時津山敢闘賞受賞。
27年1月
横綱双葉山十五 戦全勝で七回目の優勝。
27年9月 名寄岩敢闘賞受賞。
27年12月 元緑嶋の立浪取締死去、横綱羽黒山が二枚鑑札で立浪襲名。



昭和14年6月、横綱双葉山は小柴澄子さんと華飾の典を挙げる。
支度部屋で悠容迫らざる態度で出を待つ横綱双葉山。
奥村儀八郎氏制作の版画を手にする横綱双葉山。
昭和15年2月11日、紀元2600年奉祝片屋開きで横綱双葉山(右)と男女ノ川の三段構え。
行司は吉田追風。

昭和15年春場所東西制が復活し、東軍が優勝。
優勝旗を受ける双葉山。土俵上蹲居しているのは羽黒山(向)と名寄岩。




"怒り金時"と言われ、闘志満々の関脇名寄岩。
スピード出世で昭和12年夏場所入幕、13年夏場所には三役に昇進した羽黒山。
昭和14年夏場所後大関に昇進した羽黒山。
威風堂々たる大関羽黒山の化粧廻し立ち姿。
大陸巡業先で軍部を訪れた双葉山、羽黒山、名寄岩の立浪三羽ガラス。前列右隅は元太郎山の浦風邪親方。

胃腸薬ネオネオギーの広告に出演した(左から)名寄岩、小島川、羽黒山。




昭和17年春場所、新横綱羽黒山土俵入り、太刀持ち旭川、露払い輝昇。
昭和18年頃幕下時代の大岩山(左)と北ノ洋、後ろは清恵波、立浪部屋の若手たち。
昭和16年夏場所大関で初優勝した羽黒山が36大横綱に昇進、仮免許状を受けた羽黒山、左は旭川、右は小島川。
場所後の花相撲で初の土俵入りを披露する新横綱羽黒山。太刀持ち旭川、露払い小島川。

昭和15年2月、大関羽黒山が師匠立浪親方の次女絹代さんと結婚。




昭和19年5月、後楽園球場で開催された夏場所千秋楽、横綱羽黒山と照國の対戦。
昭和19年夏場所、10戦全勝で2度目の優勝を遂げた横綱羽黒山。
昭和21年秋場所で行われた双葉山引退時津風襲名披露大相撲で断髪式で鋏を入れる羽黒山。
昭和21年11月、メモリアルホールで開催された秋場所千秋楽、羽黒山(手前)と東富士の対戦。

昭和20年、終戦前山形県羽黒町で松根油堀りに挺身した横綱羽黒山ら立浪一門の力士たち。前列左から九州錦、白玉親方、羽黒山、三根山、後列、愛知山、清恵波、一人おいて、緑島、立田野、一人おいて名寄岩。



大正  
4年5月 元小結緑嶋引退、立浪襲名。
5年1月 立浪親方内弟子4人を伴って独立。
6年 引退興行の純益で小泉町の藤堂長家を買い部屋を構え、庭に土俵を築く。
9年1月 関取第一号桐の花十両昇進
(弟子八人)
11年1月 立浪親方が木戸部長に就任。
12年1月 関取第二号陸奥ノ花十両昇進し、錦島部屋へ移籍。
12年5月 立浪親方勝負検査役に選出される。
13年1月 池田川と吉野山が十両入り。
十両桐ノ花本場所名古屋開催に反対して休場し、
場所後廃業。
十両兼六山が浦風部屋から移籍。
14年1月 吉野山が入幕、幕内第一号。
14年5月 池田川入幕。
15年5月 兼六山入幕。
昭和
2年3月 双葉山初土俵。
2年5月 剣岳入幕。
3年1月 立浪親方が理事兼勝負検査役に。
3年10月 幕内雷ノ峰が白玉部屋から移籍。
4年 元桐ノ花の富永氏が安田善三郎に資金提供を依頼し、稽古場を増設。
7年1月 春秋園事件、雷ノ峰、剣岳脱退。
7年2月 改正番付で旭川、双葉山、大ノ濱が入幕。
立浪親方が取締に就任。
9年1月 羽黒山初土俵。
立浪親方が理事となる。
10年1月 大八州入幕。
11年5月 関脇双葉山十一戦全勝で初優勝、場所後大関昇進。
12年1月 名寄岩入幕。
大関双葉山十一戦全勝優勝。
12年5月 羽黒山入幕。
大関双葉山十一戦全勝優勝、場所後横綱に昇進。
13年1月 小島川入幕。
横綱双葉山十三戦全勝優勝。
立浪親方が取締に復活。
13年5月 横綱双葉山十三戦全勝、五場所連続全勝優勝。
14年1月 横綱双葉山六十九連勝達成、四日目安藝ノ海に敗れ七十連勝ならず。
大八州引退白玉襲名。
14年5月 横綱双葉山十五戦全勝優勝。場所後双羽黒が大関に昇進。
15年1月 横綱双葉山十四勝一敗で優勝。
15年2月 大関双羽黒が師匠立浪の次女絹代と結婚。
15年5月 若浪入幕。
16年1月 横綱双葉山十四勝一敗で優勝。
16年5月 双見山入幕。
大関羽黒山十四勝一敗で初優勝、場所後横綱に昇進。
16年12月 横綱双葉山分離独立、粂川部屋を主体として双葉山道場を設立。
17年5月 場所後名寄岩大関に昇進。
旭川引退。玉垣襲名。
18年5月 緑國入幕。
19年5月 大関名寄岩関脇に陥落。
立田野入幕。
横綱羽黒山十戦全勝で二度目の優勝。
20年2月 省線両国駅際の立浪部屋は強制建物疎 開のため土蔵だけを残して取り壊しとなり、力士は両国二丁目の横綱羽黒山の持ち家に移り、強制疎開跡地に土俵を造り稽古した。
羽黒山は小岩の元緑嶋の立浪親方宅から通う。
(なお戦後元 緑嶋の立浪親方の手により木造で応急の部屋が建てられた)
20年6月 緑島、愛知山入幕。
20年7月 横綱羽黒山以下立浪一門の力士は山形県の羽黒町手向に疎開し、松根油掘りの作業に従事した。
20年11月 横綱羽黒山十戦全勝で優勝。
21年4月 横綱羽黒山婦人絹代心不全で死去。
21年5月 横綱羽黒山長男三歳で死去。
21年11月 大岩山入幕。名寄岩大関復帰。
横綱双葉山十三戦全勝で優勝。
22年6月 春日山部屋を吸収合併。
横綱羽黒山九勝一敗で優勝。
22年11月 横綱双葉山十勝一敗で優勝し四連覇達成。
23年1月 横綱羽黒山粂川初枝と再婚。
23年4月 横綱羽黒山奈良県の巡業先でアキレス腱切断。
23年5月 大関名寄岩再び陥落。
24年1月 清恵波入幕。
24年5月 時津山入幕。
25年1月 安念山初土俵。
25年5月 名寄岩「涙」の敢闘賞受賞。
25年9月 北ノ洋入幕。
時津山敢闘賞受賞。
26年1月 大昇入幕。
26年9月 時津山敢闘賞受賞。
27年1月
横綱双葉山十五 戦全勝で七回目の優勝。
27年9月 名寄岩敢闘賞受賞。
27年12月 元緑嶋の立浪取締死去、横綱羽黒山が二枚鑑札で立浪襲名。