昭和24年夏場所8日目横綱羽黒山、力道山を吊り気味に寄り切る。
昭和27年5月元横綱栃木山の春日野取締の還暦土俵入りで太刀持ちを努めた横綱羽黒山。露払いは元横綱安藝ノ海の藤島親方。
アキレス腱断裂から立ち直った晩年の横綱羽黒山は師匠の死後二枚鑑札で立浪を襲名。
昭和27年春場所千秋楽、横綱羽黒山、千代ノ山を下手投げで下し全勝で7回目の優勝。
昭和28年夏場所前引退した横綱羽黒山は29年初場所後の引退相撲で最後の土俵入り。太刀持ち千代ノ山、露払い鏡里。行司19代式守伊之助。



昭和28年夏場所千秋楽、勝ち越しの平幕時津山が小結琴ヶ濱を吊り出しに破り、15戦全勝。

昭和29年初場所後横綱に昇進した吉葉山に元横綱羽黒山の立浪親方が不知火型の土俵入りを指導。
昭和25年秋場所の安念山、当時序二段(昭和25年春場所初土俵)

平幕で全勝優勝を果たし、引退早々の立浪親方を喜ばした時津山。

昭和29年夏場所千秋楽の土俵で幕内名寄岩が長年の土俵生活に対して表彰を受ける。




昭和33年秋場所初日、北の洋と栃錦の一番は土俵際で際どい勝負となり、栃錦に軍配を揚げたヒゲの伊之助は主張を譲らず、出場停止処分となった。

昭和32年秋場所の番付で北ノ洋が小結に復帰し、三役陣に顔を揃えた立浪四天王。左から東小結・北ノ洋、東関脇・時津山、西関脇・安念山、西小結・若羽黒。後ろは師匠立浪親方。

昭和30年前半三役から幕内上位で栃錦、若乃花を苦しめ大活躍した実力者時津山。
"白い稲妻"の異名をとり、右おつうから一気に出る速攻で上位陣を悩ませた北の洋。

優勝1回、殊勲賞3回、敢闘賞1回を受賞し、長く関脇を務め、土俵際のしぶとさでも定評のあった安念山。



昭和  
28年5月 時津山十五戦全勝で平幕優勝、敢闘賞も併せ受賞。
北ノ洋技能賞受賞。
28年9月 天井がドーム型の新立浪部屋落成。
横綱羽黒山引退、年寄専務となる。
29年1月 七ツ海入幕。
横綱羽黒山引退立浪襲名披露大相撲、
最後の土俵入り後断髪式。
元横綱羽黒山の立浪親方が勝負検査役に。
29年3月 豊登入幕。
29年5月 安念山入幕。
北ノ洋敢闘、技能賞受賞。
29年9月 名寄岩引退春日山襲名。
30年1月 時津山敢闘賞受賞。
30年3月 若羽黒入幕。
30年5月 時津山敢闘賞受賞。
31年1月 立浪親方が理事に就任。
31年3月 若羽黒敢闘賞受賞。
31年9月 若羽黒技能賞受賞。
32年3月 北ノ洋技能賞受賞。
32年5月 小結安念山十三勝二敗で優勝、殊勲賞を併せ受賞。
32年9月
~11月
時津山、安念山、北ノ洋若羽黒の「立浪四天王」がそろって 三役に。
32年9月 北ノ洋殊勲賞受賞。
32年11月 若羽黒殊勲賞受賞。
33年1月 北ノ洋技能賞受賞。
立浪理事が取締に昇格。
33年7月 安念山殊勲賞受賞。
33年9月 時津山殊勲賞受賞。
33年11月 北ノ洋殊勲賞、安念山敢闘賞 受賞。
34年1月 北ノ洋殊勲賞受賞。
34年3月 名寄岩入幕。
大関双葉山十一戦全勝優勝。
35年3月 北ノ洋技能賞受賞。
35年9月 羽黒花入幕。
36年7月 安念山が四股名を羽黒山と改める。
君錦入幕。
37年1月 大関若羽黒陥落。
38年5月 若浪入幕。
38年7月 若浪敢闘賞受賞。
39年1月 若見山入幕。
39年5月 北ノ國入幕。
若浪敢闘賞受賞。
40年1月 幕内追風山ら追手風部屋
吸収合併。
40年3月 二代目羽黒山(安念山)引退追手風襲名。
40年5月 二代目羽黒山引退追手風襲名披露大相撲。
42年1月 戸田入幕。
42年7月 若浪技能賞受賞。
43年2月 相撲協会機構改革で取締制度廃止となり、元横綱
羽黒山の立浪理事は大阪場所担当部長に。
元大八州の白玉は監事、二代目羽黒山(安念山)
の追手風は審判委員 に就任。
43年3月 若浪十三勝二敗で平幕優勝、技能賞を併せ受賞。
44年3月 戸田が大鵬の四十六連勝を阻む。
44年7月 黒姫山、旭國入幕。
44年10月 元横綱羽黒山の立浪理事死去、元二代目羽黒山
(安念山)の追手風が 立浪襲名。

 




昭和32年夏場所初日、新小結安念山、横綱栃錦を肩透かしで下す。
11日目、安念山が大関若ノ花を寄り切り2敗を守る。
千秋楽、安念山が2敗で並ぶ新入幕の房錦を上手投げで破り、優勝を決める。
13勝2敗で優勝した小結安念山に時津風理事長から賜杯が授与される。
支度部屋に凱旋して賜杯を抱いてニッコリの安念山。



昭和30年代前半の土俵を大いに沸かした立浪四天王。
左から安念山、北の洋、時津山、若羽黒。

千秋楽優勝した若羽黒と支度部屋でガッチリ握手する19代伊乃助。
若羽黒の入門の世話をしたのがこの伊乃助だった。
新大関の場所13勝2敗で優勝した若羽黒が賜杯を抱く。定年を迎える髭の伊乃助は千秋楽若羽黒の相撲を裁いたのが最後の一番となった。

昭和34年秋場所後大関に昇進した若羽黒を祝福する師匠立浪親方。

昭和34年九州場所14日目、新大関若羽黒は横綱若乃花を寄り切り優勝争いのトップにたつ。




昭和34年10月、小結安念山が師匠立浪親方の長女千恵子さんと華燭の典を挙げた。

昭和35年1月、行司定年制の実施に伴い、19代式守伊之助が定年退職し、引退披露の土俵で弟子の木村玉治朗(後の27代木村庄之助)から記念品を受ける。

昭和35年夏場所2日目、前頭筆頭安念山が横綱栃錦を左四つから寄り切りに破る。栃錦はこれが最後の土俵となった。

元関脇北の洋が昭和37年春場所限り引退、10月年寄武隈襲名披露相撲が行われ、師匠立浪親方が止め鋏を入れる。

2代目羽黒山の断髪式で、鋏を入れる永谷浩司。

元関脇2代目羽黒山が昭和40年春場所限り引退、5月年寄追手風襲名披露相撲が行われ、師匠立浪親方の手により止め鋏が・・・



昭和44年春場所2日目、戸田は45連勝中の横綱大鵬を押し出し、大鵬は連勝ストップ。判定の微妙な一番で、VTR導入のきっかけとなった。

昭和43年春場所13日目、前頭8枚目若浪は、土俵際俵の上に爪先立って大関前の山を見事にうちゃった。

昭和43年春場所13勝2敗で平幕優勝した怪力若浪は支度部屋へ凱旋し、賜杯を軽々と持ち上げる。

元関脇羽黒花が昭和40年九州場所限りで引退、41年2月年寄大鳴襲名披露相撲が行われた。

昭和44年10月、元横綱羽黒山の立浪理事が死去、相撲協会葬が行われた。
跡継ぎは女婿で元2代目羽黒山の追手風親方。



昭和  
28年5月 時津山十五戦全勝で平幕優勝、敢闘賞も併せ受賞。
北ノ洋技能賞受賞。
28年9月 天井がドーム型の新立浪部屋落成。
横綱羽黒山引退、年寄専務となる。
29年1月 七ツ海入幕。
横綱羽黒山引退立浪襲名披露大相撲、
最後の土俵入り後断髪式。
元横綱羽黒山の立浪親方が勝負検査役に。
29年3月 豊登入幕。
29年5月 安念山入幕。
北ノ洋敢闘、技能賞受賞。
29年9月 名寄岩引退春日山襲名。
30年1月 時津山敢闘賞受賞。
30年3月 若羽黒入幕。
30年5月 時津山敢闘賞受賞。
31年1月 立浪親方が理事に就任。
31年3月 若羽黒敢闘賞受賞。
31年9月 若羽黒技能賞受賞。
32年3月 北ノ洋技能賞受賞。
32年5月 小結安念山十三勝二敗で優勝、殊勲賞を併せ受賞。
32年9月
~11月
時津山、安念山、北ノ洋若羽黒の「立浪四天王」がそろって 三役に。
32年9月 北ノ洋殊勲賞受賞。
32年11月 若羽黒殊勲賞受賞。
33年1月 北ノ洋技能賞受賞。
立浪理事が取締に昇格。
33年7月 安念山殊勲賞受賞。
33年9月 時津山殊勲賞受賞。
33年11月 北ノ洋殊勲賞、安念山敢闘賞 受賞。
34年1月 北ノ洋殊勲賞受賞。
34年3月 名寄岩入幕。
大関双葉山十一戦全勝優勝。
35年3月 北ノ洋技能賞受賞。
35年9月 羽黒花入幕。
36年7月 安念山が四股名を羽黒山と改める。
君錦入幕。
37年1月 大関若羽黒陥落。
38年5月 若浪入幕。
38年7月 若浪敢闘賞受賞。
39年1月 若見山入幕。
39年5月 北ノ國入幕。
若浪敢闘賞受賞。
40年1月 幕内追風山ら追手風部屋
吸収合併。
40年3月 二代目羽黒山(安念山)引退追手風襲名。
40年5月 二代目羽黒山引退追手風襲名披露大相撲。
42年1月 戸田入幕。
42年7月 若浪技能賞受賞。
43年2月 相撲協会機構改革で取締制度廃止となり、元横綱
羽黒山の立浪理事は大阪場所担当部長に。
元大八州の白玉は監事、二代目羽黒山(安念山)
の追手風は審判委員 に就任。
43年3月 若浪十三勝二敗で平幕優勝、技能賞を併せ受賞。
44年3月 戸田が大鵬の四十六連勝を阻む。
44年7月 黒姫山、旭國入幕。
44年10月 元横綱羽黒山の立浪理事死去、元二代目羽黒山
(安念山)の追手風が 立浪襲名。